一里塚

野尻

下在郷にある一里塚。西國五十二番と書かれた石碑が横に立っている。

弓矢

上田沢の南側にある。周囲はお墓になっている。一里塚を示す石碑が立っている。一里塚には木が生えていたようで、切り株に一里塚と彫られている。

須原

現在は駅から19号線に下り、19号線と宿場のメインストリートとの接続部に一里塚があるが、以前は駅正面(大和屋の向かって左側、今は新しい家が建っている)に一里塚跡の立て札が建てられていた。なので、今の一里塚跡の石碑が立っている場所は一里塚があった場所ではない。
京から57里ということはここは五十七番目の一里塚ということになり、野尻宿は五十五番となるが、野尻宿の一里塚には西國五十二番と書かれている。もう少し深堀がひつようだ。なお、別の調査https://kaidoutabi.com/nakasendo/8itirituka/itiriduka1.htmlでは須原宿の一里塚は江戸から75番目で石碑の七十五里と一致している。

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