木曽には大きく分けて御嶽信仰と木曽駒ケ岳信仰の二つがある。
それぞれは全く性質が異なる。
木曽駒ケ岳信仰
木曽駒ケ岳は地元の農業、養蚕、馬など日々の生活を豊かにする土着の神様として信仰対象となった
開山 下諏訪の行者寂本 宝剣岳に錫杖を奉納(1812年)
発展 尾張犬山 心明行者 駒ケ岳講を組織
駒ケ岳神社神官徳原一学が熱心に布教
1880 ヨハネス グレーテ 治山治水調査で七合目遠見台まで登山
1891 ウオルタ ウエストン 上松から木曽駒ケ岳登頂、伊那に下りる
御嶽信仰
御嶽山は修験道の山として発展した
黒沢口 諏訪氏の流れをくむ武居家が御嶽神社里宮を祀る
王滝口 地元地主滝家が御岳岩戸神社を祀る
1785 尾張の国 行者覚明黒沢口から登拝
その後 本山派の江戸修験者 普覚が王滝口を開き関東を中心に御嶽講を組織
江戸時代には、富士講をはじめ各講が禁止されたが、山村代官に取り入り御嶽講を合法化
1873 御嶽教会 御嶽行者下山応助
各神道修派が御嶽教を取り込もうとする中で画策の上御嶽教会を立ち上げ
→ 中央政府(教部省)の管轄の下に運営される公的な神道となる
修験色が強く白衣で水行のうえ登拝
「人を神道に導くには、まず神事を行い無形の神を有形の上に顕し有形の証拠を示す」
→ 神がかり、火渡り、祈祷など
神道分類
神道は大きく以下の通り分類される。御嶽は修験・禊の山として山岳信仰の対象である一方、木曽駒ケ岳は地元の神社を中心とした民衆宗教に分類ができる。
① 神道行政系
神宮教、出雲大社教、旧大教院教導員らが組織した神道
② 惟神(かんながら)系(神道イデオローグ)
大成教、神道修成派、神理教、神習教
③ 富士・御嶽の山岳信仰系
扶桑教、實行教、御嶽教
④ 民衆宗教
黒住教、天理教、金光教、禊教(みそぎ)
考察
ウォルター・ウェストンが登ったルートとして上松口がブームになったと思われる。しかし昭和42年に駒ケ岳ロープウエイが開業したことで状況は一変、衰退の道をたどった。