2026年4月30日、須原発電所と木曽川電力資料館を見学した。
須原発電所
普段閉じられているゲートの内側に入るのは初めて。導水管もこのアングルで見るのも初めて。大正11年に設置された導水管が今も活躍している。
諸元:
発電開始:大正11年5月
発電形式:水路式
水車形式:フランシス水車
認可出力:10,800kW
回転数 :225rpm
使用水量:36.17㎥/秒
落差 :34.64m
台数 :2台


入り口は木曽川から向かって左側にある。なお、昔は尖塔の左右対称に建物があったが、今は左側の一部がなくなっていて、尖塔が建物中心から左側にオフセットしている。昔はこの部分に送電施設があったそうで、それが撤去されてことによって建物もその部分を取り壊したと説明を受けた。

建物の中に入ると発電機が2機設置されている。導水管はそれぞれの発電機に接続されている。手前から1号機、2号機となっている。入り口側には制御盤がある。天井には尖塔の内側が見えている。更に大型クレーンが設置されている。





地下には水車が設置されている。左側から右巻きに水車に水が送られている。






ガイドベーン開閉用リンクが伸びている。このリンクはシャフトが回転することでガイドベーンを開閉している。


1階部分には発電機が設置されている。発電機内部はラジエーターが設置され、冷却されている。



発電機横にはガイドベーン開閉用シャフトを動かす油圧装置(ガイドベーン制御用油圧装置)が設置されており、その制御盤が設置されている。



ガイドベーン制御用油圧装置用の油圧装置と思われる装置が山側の壁側に設置されている。


排水口の様子。この日は一号機(手前)のみが稼働していた。なお、一号機排水口の左にある大きな穴の目的について質問したが、回答は得られなかった。恐らく、上部の取水口の左側のオーバーフロー排水の排水口ではないかと思われる。というのも、オーバーフロー排水の出口が他に見当たらないので。




木曽川電力資料館







キャビテーションによる水車の摩耗。ブレードの付け根の部分が無くなっている。



負荷制御装置。仕組みがいまいちわからない。



空気遮断機。高電圧がかかっている開閉端子に触れないように開閉させるための仕組みとみた。


ケーブル接続方法。山中への高圧電線運搬を人力で行っていたとすると、ケーブル接続が多数発生していたと思われる。


昔はこのケーブル長単位で人力にて現場へケーブル搬送したことがわかる。ケーブル接続方法と併せて見たい、貴重な写真だ。

ガイドベーンの構造説明。

軸受けパーツ。側にあるのはコイル断面見本。これも奥が深い。

この資料館は2,3度行かないと本質がつかめない感じだ。奥が深い。
沿革
大正10年 6月:大同電力株式会社により建設工事着工
大正11年 5月:竣工、送電開始 認可出力9,200kW 名古屋方面へ送電
大正12年12月:大阪送電線(木曽幹線)完成、関西方面へ送電
昭和7年 7月:洪水により須原堰堤が決壊したため、取水を桃山発電所放水口から直結する方式に変更、認可出力10,000kWに変更
昭和14年 4月:日本発送電株式会社に引き継がれる
昭和26年 5月:関西電力株式会社に引き継がれる
昭和44年 :須原制御所からの遠隔監視制御としたことにより、発電所は無人となる
平成元年 3月:2号機水車取り換え
平成7年 5月:1号機水車発電機改修 認可出力10,400kWに変更
平成8年 1月:2号機運用変更 認可出力10,800kWに変更
平成16年 6月:須原制御所を廃止したことにより、発電所は東海水力制御所(名古屋市)からの遠隔監視制御となる
平成19年 :経済産業省より近代化産業遺産の認定を受ける
令和4年 3月:東海水力制御所を廃止したことにより、発電所は総合水力制御所(大阪市)からの遠隔監視制御となる。
水車取り換えで外された古い水車は大桑村民俗歴史資料館に展示されている。

